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biboudouのブログ

書籍・音源備忘録 最終的にはそれぞれに索引・クレジットまで作成予定

橋本治雑誌記事

2017年4月 橋本治 『myb』

特集:日本人が変わり始めている~劣化か進化か~ に、「知らない人だらけだ」と題して寄稿。

2017年4月 橋本治 『熱風 2017.4』

特集:橋本治ロングインタビュー どこまでみんなバカになるのか 「今は、右傾化というよりも、バカになっていると言ったほうが早いと思いますけどね」 バカになる風潮は1970年代から始まった 日本映画には大学生のリアリティなんかなかった "理屈っぽい子供"…

2017年 橋本治 『小説トリッパー』

連載「知性の顛覆」 春号で完結 春号 最終回 顛覆しちゃいましたね 一 「だから言ったじゃないの」とは言えないんだけどさ 二 改めて「反知性主義」を考える 三 さかのぼって、「主義」とはなんだ? 四 トランプはヒトラーになれない 五 現代で「知性」とはど…

2000年2月 橋本治 『演劇ぶっく 2000.2』

篠井英介ひとり芝居『女賊』 上演に寄せインタビュー「橋本流女方の美」 掲載

1984年1月 橋本治 『SAGE  1984.1』

橋本治ロングインタビュー掲載 「僕は小説のテクニックを三十八持っているんだよ」

2016年12月 橋本治 『群像 2017年1月号』

特集:五十人が考える「美しい日本語」 橋本治は、国木田独歩『武蔵野』 を選び、物語を発見する人の美しさ という文を寄せている。

2016年 橋本治 『すばる』

5月号より『いとも優雅な意地悪の教本』連載開始 12月号で最終回 5月号 第1回 「意地悪とはなにか」 はじめに 一 意地悪と暴力 二 なぜ現代人はたやすく暴力表現に走るのか 三 なぜ「意地の悪い課長」は存在するのか ※なお、この号の特集「シェイクスピアさ…

2016年 橋本治 『小説トリッパー』

2015年より引き続き「知性の顛覆」連載中 春号 第四回 知の中央集権 一 東京のなにがエライ? 二 「東京山の手」とは? 三 だから東京は支配的(ドミナント)になる 四 拘束衣としての言語 五 知は中央集権する 夏号 第五回 なぜ下品になったのか 一 日本人…

2016年8月 橋本治 『中央公論 2016年9月号』

特集:終活 理想の最期を求めて 「「終活」は寂しい」と題し、寄稿している。

1998年1月 橋本治 『本の窓 1998年1月号』

特集:「長編小説」の醍醐味 源氏物語を最後まで読み通す方法 掲載

1997年4月 橋本治 『新刊展望 1997年4月号』

懐想 「消さないでよ」と題した文寄稿

1995年8月 橋本治他 『週刊文春 1995.8.3』

阿川佐和子のこの人に会いたい 「母の影響で女性と恋愛できなくなったんです」

1994年12月 橋本治他 『海燕 1994年12月号』

「言葉」ーそのスタイルとリアリティーの変容 松浦寿輝と対談

1993年8月 橋本治 『太陽 1993年8月号』

特集:日本を知る100章 において、 「歌舞伎」「浮世絵」「マンガ」 の3章を執筆。

1993年6月 橋本治 『海燕 1993年6月号』

特集:私にとっての読者、読者としての私 において、 「本は読まないが頭のいい十五の男の子」 と題した文を寄せている。

1993年3月 橋本治 『芸術新潮 1993年3月号』

歌川広重特集 において、 ≪木曽路之山川≫について、 「人間っぽい雪景色」と題した文を寄稿。

1992年2月 橋本治 『海燕 1992年2月号』

特集:今、時代をどのようにとらえるか 「他人の時代と自分の時代」 と題した小文掲載。

1996年 橋本治 『週刊文春 1996.10』

「偏愛シネマ館」 にて 『ケーブルガイ』について語っている。

1994年1月 橋本治 『週刊文春 1994.1』

「tea time」にて サイケ歌舞伎『月食』に関するインタビュー掲載

1993年1月 橋本治 『週刊現代 1993.1』

これだけは言わせろ!「現代親バカ子アホ論」 において、冬彦型母子の悲劇エリザベス女王&チャールズ皇太子 「世間知らずのオバサンとナマズ息子」掲載。

1992年8月 橋本治 『週刊文春 1992.8』

「ぴーぷる」 において、『歌舞伎画文集』出版記念の小記事掲載。

1991年11月 橋本治 『週刊文春 1991.11』

BUNSHUN VIPルーム インタビュー掲載 「子供の感性と大人のテクニックが一番いいね」

1991年8月 橋本治 『週刊現代 1991.8』

”良識”に挑戦!世の中こう考えるのが正しい において、 ”泣き虫”が多すぎることに対し、 「泣けない男は”不感症”です。人に信頼されず情緒も枯れる」 と語っている。

1991年5月 橋本治他 『ショパン 1991年5月号』

「プリモとご相伴」にて 青島広志と対談

1989年9月 橋本治 『週刊文春 1989.9』

「仕事場探検隊」

1988年3月 橋本治 『ちくま 1988年3月号』

ちくま文学の森1『美しい恋の物語』発売を記念して、 「男達がただ純情だった時代の物語」と題した文を寄せている。

1988年1月 橋本治 『文藝春秋 1988年1月号』

「「カッワイイ!」の文学」と題した小文掲載。

1987年1月 橋本治 『ちくま 1987年1月号』

特集:文庫のたのしみ において、「古典のおしゃれ」 と題して寄稿している。

1986年12月 橋本治 『週刊ポスト 1986.12』

「男の料理」において、 ライスコロッケを作っている。

1985年10月 橋本治 『現代詩手帖 1985年10月号』

特集:超=コミック マンガの「いま」をめぐる10の質問 に答えている。

1985年2月 橋本治 『週刊宝石 1985.2』

「ボクの20代”ここだけの話”」 に「セーターを編みながら東大教授を目指した天才少年なのだ」掲載

1984年5月 橋本治 『週刊現代 1984.5』

「私の胃袋センサー」に 「外食で、軽チャーっぽく食べる」 と題した短文掲載。

1984年4月 橋本治 『週刊宝石 1984.4』

「人物日本列島」インタビュー掲載

1984年3月 橋本治 『サンデー毎日 1984.3.25』

「テレビ最前線」 にフジテレビのキャンペーンキャラクターに選ばれたことにより、 ズームアップされている。

1984年1月 橋本治他 『広告 1984年1・2月号』

特集 メッセージ’84 において、栗本慎一郎と 「広告がブームだというけれどそれをどんな言葉で語ればいいのか」 という対談をしている。

1982年11月 橋本治 『文藝春秋増刊 1982年11月号』

東大2年のときに描いた 「東大版 博徒列伝」が掲載されている。

1980年11月 橋本治 『小説新潮 1980年11月号』

「名もなく貧しく美しい筈なのに」 と題したエッセイ掲載。

1980年8月 橋本治他 『週刊サンケイ 1980.8』

ベビーブーム世代の感覚的座談会「オレたちの幸せな老後」 と題した、早川タケジ、山口小夜子との対談掲載。

1980年6月 橋本治 『現代 1980年6月号』

「笑-ショウ-」において、 「英語ぬきの英国旅行」と題した短文を寄せている。

2001年 橋本治他 『I feel  2001年夏号』

特集:21世紀の「本」のかたち、「知」のかたち において、 船曳建夫との対談掲載

1998年 橋本治 『新刊展望 1998年?号』

『双調 平家物語』 第一巻発売記念のインタビュー掲載

1995年 橋本治 『ダヴィンチ 1995年?号』

インタビュー掲載 取材・分/千葉望

1991年5月 橋本治 『プレイボーイ 1991.5』

ロングインタビュー掲載

1991年3月 橋本治他 『月刊しにか 1991.3』

特集:漢文とは何だろう において、 竹田晃(大学教授)、黒沢弘光(高校教師) と座談会

1986年12月 橋本治 『月刊アドバタイジング 1986.12』

特集:現代ビジュアルコミュニケーション考 「橋本治のビジゅあル光みゅニ景ショん論・論」 をほぼ肉筆で執筆。

1984年4月 橋本治 『月刊アドバタイジング 1984.4』

特集:億人億色時代!!大衆化から少衆化へ 文化について 「カルチャーセンターは言葉を持ち始めた大衆の夢の島だ。」

1984年 橋本治 『ホットドッグプレス 1984年?号』

HUMAN HOT INTERVIEW 「若い奴は、もうダメ。 だって、プレッシャーがまったくないもの。 だから、ますます 僕らの時代になっていくよ。」

1979年 橋本治他 『バラエティ 1979年?号』

中島梓のサインくれなきゃ帰らない! において、「語ってよいか 歌謡曲を!」と題し、 中島梓、近田春夫、鏡明 と対談。

2016年7月 橋本治 『新潮45 2016年8月号』

特集:死ぬための生き方 において、「体を使いきって死ぬ」 と題し、主に自らのおばあちゃんの話を執筆。

2016年 橋本治 『週刊プレイボーイ 2016年 7/18号』

参院選企画:18歳、19歳 新有権者へのメッセージ において 「知的ひきこもりと基盤の崩れた社会」「選挙はボランティア。候補者は「顔」で選ぶ」 「『こいつは絶対にいやだ』という悪意を込めて、”NOという一票”を投票しに行こう。当然、その一票が死に票に…