biboudouのブログ

書籍・音源備忘録 最終的にはそれぞれに索引・クレジットまで作成予定

橋本治1980年代

1984年4月 橋本治インタビュー 『高二時代 1984.4』

「若者は自分たちで新しいスローガンを作るべきだよ」 という題のインタビュー掲載。 下記高二生へのメッセージ 「今は『個性』というよりも『自分性』の時代。・・・・・個性ってマニュアルができちゃってさ、こうやれば個性的なあなたになれますっていう没…

1985年7月 橋本治 『小説新潮臨時増刊 1985.7』

「女の子が20歳になるまでに知っておかなければならない7つの常識」 掲載 1.自分の家が成金だということを知っておかなければならない 2.自分のどこかに問題があると思ったら、それはすべて自分のお母さんと どこかで関係しているということを知っておかなけ…

1981年3月 橋本治他 『バラエティ 1981.3』

新春特別企画 メディアクロスジャムセッション RCサクセション&橋本治とそのグループ 忌野清志郎 仲井戸麗市 橋本治 さべあのま まついなつき 高野文子 のメンバーによるトークセッション掲載

1984年1月 橋本治 『SAGE  1984.1』

橋本治ロングインタビュー掲載 「僕は小説のテクニックを三十八持っているんだよ」

1989年9月 橋本治 『週刊文春 1989.9』

「仕事場探検隊」

1988年3月 橋本治 『ちくま 1988年3月号』

ちくま文学の森1『美しい恋の物語』発売を記念して、 「男達がただ純情だった時代の物語」と題した文を寄せている。

1988年1月 橋本治 『文藝春秋 1988年1月号』

「「カッワイイ!」の文学」と題した小文掲載。

1987年1月 橋本治 『ちくま 1987年1月号』

特集:文庫のたのしみ において、「古典のおしゃれ」 と題して寄稿している。

1986年12月 橋本治 『週刊ポスト 1986.12』

「男の料理」において、 ライスコロッケを作っている。

1985年10月 橋本治 『現代詩手帖 1985年10月号』

特集:超=コミック マンガの「いま」をめぐる10の質問 に答えている。

1985年2月 橋本治 『週刊宝石 1985.2』

「ボクの20代”ここだけの話”」 に「セーターを編みながら東大教授を目指した天才少年なのだ」掲載

1984年5月 橋本治 『週刊現代 1984.5』

「私の胃袋センサー」に 「外食で、軽チャーっぽく食べる」 と題した短文掲載。

1984年4月 橋本治 『週刊宝石 1984.4』

「人物日本列島」インタビュー掲載

1984年3月 橋本治 『サンデー毎日 1984.3.25』

「テレビ最前線」 にフジテレビのキャンペーンキャラクターに選ばれたことにより、 ズームアップされている。

1984年1月 橋本治他 『広告 1984年1・2月号』

特集 メッセージ’84 において、栗本慎一郎と 「広告がブームだというけれどそれをどんな言葉で語ればいいのか」 という対談をしている。

1982年11月 橋本治 『文藝春秋増刊 1982年11月号』

東大2年のときに描いた 「東大版 博徒列伝」が掲載されている。

1980年11月 橋本治 『小説新潮 1980年11月号』

「名もなく貧しく美しい筈なのに」 と題したエッセイ掲載。

1980年8月 橋本治他 『週刊サンケイ 1980.8』

ベビーブーム世代の感覚的座談会「オレたちの幸せな老後」 と題した、早川タケジ、山口小夜子との対談掲載。

1980年6月 橋本治 『現代 1980年6月号』

「笑-ショウ-」において、 「英語ぬきの英国旅行」と題した短文を寄せている。

1986年12月 橋本治 『月刊アドバタイジング 1986.12』

特集:現代ビジュアルコミュニケーション考 「橋本治のビジゅあル光みゅニ景ショん論・論」 をほぼ肉筆で執筆。

1984年4月 橋本治 『月刊アドバタイジング 1984.4』

特集:億人億色時代!!大衆化から少衆化へ 文化について 「カルチャーセンターは言葉を持ち始めた大衆の夢の島だ。」

1984年 橋本治 『ホットドッグプレス 1984年?号』

HUMAN HOT INTERVIEW 「若い奴は、もうダメ。 だって、プレッシャーがまったくないもの。 だから、ますます 僕らの時代になっていくよ。」

1983年 橋本治 『Light 創刊号』

軽量版読書マガジン「Light」創刊号にて ロングインタビュー掲載

1986年 橋本治 『朝日ジャーナル 1986.12.12』

「男の方がホントはズーッと女々しいんだ」 という文を寄せている。

1980年7月 橋本治 『ブルータス 創刊号』

ET TU BRUTES ? という特集コラムにて、 「フィリップ・マーロウがだめなら藤原定家がいるさ」 を寄稿。

1980年 橋本治他『明日は騒乱罪』 第三書館

戸井十月編 学校にない教科書 橋本治は、「殺す」という標題で、「”知性”御臨終です」という文を寄せている。 そのほかは、 跳る 1967年10月8日 生江有二 漂う ブタ箱の中で口笛ふいた 田村光昭 動く つまらないよ、みんな一ヶ所に留まってたんじゃ 田家秀樹…

1989年 橋本治『江戸にフランス革命を!』 青土社

広告批評に掲載された文章を大幅に加筆修正した「江戸はなぜ難解か?」を軸にこれまで雑誌等で発表していた江戸に関係する雑文をまとめたもの。橋本治二十六歳の時に『美術手帖』に掲載された「明治の芳年」もある。

1989年 橋本治『愛の帆掛舟』 新潮社

『愛の矢車草』の続編的短編小説集。 四編収録で四編とも異常性愛がテーマ。 今回もそれぞれ挿画担当者が別れており、田中靖夫、宇治晶、東恩納 裕一、山本容子が担当している。

1989年 橋本治『ハイスクール八犬伝4<芳龍閣の決闘>』 徳間書店

シリーズ4巻目

1988年 橋本治『ハイスクール八犬伝2 <超高層死美人ホテル>』『同3 <光る女>』 徳間書店

シリーズ2,3巻